➀『ZEISS ドイツツアー2019』レポート【Sightseeing in Berlin】Day 0-2|岡山眼鏡店

2019.12.28 / news ニュース

皆さま!こんにちは。岡山眼鏡店Blogでございます。いつも私どもブログをご覧くださり、誠にありがとうございます。初めてご覧くださいました皆さまには、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

 

ドイツが誇る世界的光学機器メーカー「ZEISS ツァイス」。ドイツ・ベルリンで開催されましたイベントに私ども岡山眼鏡店も参加してまいりました。その模様を【Sightseeing in Berlin】Day 0-2、【ZEISS VISION EVENT #Seeingbeyond Convention 2019 in Berlin】Day 2 & Day 3、【ZEISS本社工場視察見学ツアー in Oberkochen】Day 4 & Day 5に分けてダイジェストでリポートしたいと思います。ぜひ最後までごゆっくりご覧くださいませ。

 

【移動日】
Day 0

 

ドイツ・ベルリンへの出発前日、成田発ということで前泊のため一路岡山空港(OKJ)から羽田空港(HND)へ飛びます。順調なフライトは予定通り。

 

そして、羽田空港から成田国際空港(NRD)へリムジンバスで移動です。

 

過去2回目の成田国際空港。前回は約10年ほど前に行ったアメリカ・ロサンゼルスへの旅が初めての成田国際空港の利用でした。その際は帰国便が大幅に遅れたためその日の帰宅ができず、急遽ホテルを予約した記憶があります。

 

そんな成田国際空港へも無事に到着し、ホテルのシャトルバスで今夜の宿舎に向かいます。明日早朝の集合に遅刻せず間に合うよう早めの就寝です。

 

 

【出発】
Day 1

 

集合場所にも無事に到着。チェックイン、セキュリティーチェックと順調に進み、予定通りに搭乗。成田国際空港からまずは経由地フィンランドにあるヘルシンキ・ヴァンター国際空港(HEL)へ向け離陸です。

 

途中、快晴のロシアあたりの空からの景色。真下にうねうねと見える川のような地形を発見。

 

広大な大地に蛇のようにくねくねとしていて、その川に沿うように周囲が緑に覆われているように見えます。後でGoogle Earthで調べたところ、おそらくヨーロッパ・ロシア北部、コミ共和国とネネツ自治管区を流れるペチョラ川と思われます。全長約1,809km、流域面積は約322,000㎢にも及ぶとのこと。本州最北端に位置する青森県大間町と本州最西端の山口県下関市を直線で結んだ距離が約1,219kmということなので、その驚異的な長さにただただ驚くばかりです。が、世界的に見えるとまだまだのようで、世界最長はアマゾン川の6,992km、次がナイル川の6,853km、3位が長江で6,300kmと理解不能な長さになっています。自然の力はほんとにすごいなぁ~としみじみ思いました。

 

 

ヘルシンキまで数時間のところで2回目の機内食は「吉野家」。

 

お店で食べる方がやっぱり美味しいですが、ハーゲンダッツが付いてきたりと過去2度目の「JAL」のサービスはやはり高かったですね。ご馳走様でした。

 

映画を2本、それ以外は音楽を聴きながらのウトウト就寝。もちろんエコノミーですので座席は広くありませんが、この就寝を助けてくれたのがこちら!!

 

写真ではよく分かりませんが足を乗せて休めるものなんです。すっきりと足を伸ばしておくことができ、足のむくみやダルさ、姿勢のしんどさから解放してくれます。ほんとおススメです。しかも取り付けも超カンタン。説明書も見ずに妻の勧められるがまま持参しましたが、前のテーブルに引っ掛けるだけでした。これまでにイタリアやロンドン、ロサンゼルスなど長時間のフライトは何度も経験しましたが、今回が最も楽チンなフライトでした。正式名称は知りませんが、「飛行機用(バス用)フットレスト」や「足用ハンモック」などで調べると出てくると思います。皆さまもぜひ!!

 

そんなフライトももう間もなくフィンランド・ヘルシンキヴァンター空港へ到着です。

 

一度来てみたいと思う北欧。いつかはこの地へ降り立つことを夢見ながらトランジットです。

 

とてもきれいで清潔感があるヴァンター国際空港。ヨーロッパなどのハブ空港にもなっているので、利用された方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 

 

そしてついに、目的地、ドイツ・ベルリンのテーゲル空港(TXL)へ到着。

 

このテーゲル空港の歴史を聞くと第二次世界大戦後の1948年に遡るということです。第二次世界大戦後の1948年6月、当時ソビエト連邦が統治していた東ベルリンから米英仏が統治する西ベルリンへ向かう鉄道や道路を封鎖した「ベルリン封鎖」事件により、安定した物資の供給を持続するためにわずか49日で滑走路が建設されたというテーゲル空港。現在では老朽化の問題や国内・国際線の利用増に対応するため新たにブランデンブルク国際空港(BER)を建設中で、運航が開始されると利用することもなくなるんだろうな~、と思うと、このタイミングで戦後ドイツの歴史建造物の一つを利用できたことは良い思い出になったと思います。

 

テーゲル空港から移動。もうすでに真っ暗になっているここベルリン市内。ホテルへのチェックイン前にレストランに向かいます。

 

到着したのは「Brasserie Am Gendarmenmarkt ブラッセリ― ジャンダルメンマルクト」。建物の雰囲気も良く非常に手の込んだ内装も居心地が良く、日曜日の晩でしたがお客様もたくさんいらっしゃいました。

 

食事はというと、とっても美味しかったです!!Sehr leccker!!ドイツ着後の初のビールも最高でした。プライベートでまた来たいと思うこちらのお店。皆さまも機会がありましたらぜひ行ってもらいたいおススメなお店です。トリップアドバイザーにも掲載されていたのでチェックしてみてください。Brasserie Am Gendarmenmarkt

 

ここで今回ご一緒してくださる皆さまをご紹介!!手前左右の男性と右手真ん中、その奥の女性が私どもを率いてくれるツァイスビジョンケアジャパンとガイドとして参加のスタッフさんたち。左手真ん中が熊本・鹿児島に4店舗を展開する中原眼鏡店の中原チーフ。中原さんとは様々なご縁があり、普段から色々お世話になっています!!その奥がメガネの田中からご参加の渡辺さん。

 

 

テーブルが変わり、向かって左が北海道・札幌からご参加の水野眼鏡店(水野メガネ)の安西さん。右手が大阪・神戸に4店舗を展開するグラスファクトリーの乾社長です。乾さんとは昨年のとあるツアーでもご一緒させていただきましたが、業界の大先輩の方々とこうしてお話しができる貴重な時間を持てるのも、このようなツアーの魅力ですね。

 

そして、手前は乾さんのご子息である寛人さん。これまでアパレル事業に従事していたとのことでめちゃくちゃお洒落でした。その奥が神戸にて1932年(昭和7年)創業のマイスター大学堂の久利さん。〝マイスター〟と店名に入っている通り、マイスター(ドイツ国家公認眼鏡士)の資格を取るためにドイツに約10年間在住した経験を持っていらっしゃいます。今回の旅では色々些細なことまで聞いていました。

 

この他にもう2人いらっしゃいますが、お仕事の関係により明日の合流になるということです。お一人は眼鏡業界大手のパリミキ・メガネの三城の澤田社長、そして、金鳳堂さんでございます。眼鏡業界をリードする全国の店舗様のメンバーで明日から本番が始まります。

 

これまで私ども岡山眼鏡店として様々な視察ツアーに参加させていただきました。主にレンズメーカー様主催のツアーになりますが、まず初めての参加となったHOYA タイ・アユタヤ工場視察ツアーには2016年、2017年、2018年と3年連続での参加をさせていただき、また、東海光学の台湾・台北ツアー2018にも参加。そして、今回はZEISS ツァイス主催によるドイツ・ベルリンで開催の「ZEISS Convention 2019」と、オーバーコーヘンにある本社および工場群への視察見学ツアー内容での参加となりました。全国8店舗様のみという今回のツアー参加の内の1店舗として選ばれたことに驚きしかありません。このような機会を得られたことに関係者の皆さまに感謝するとともに、私たちとお客様の未来のためにすべての情報を得て帰りたいと思います。

 

食後はホテルへチェックイン。夜も遅くスーパーや売店は閉店しているため、ホテルのロビーでビールとナチュラルウォーターを購入しましたが、、、

 

さて、皆さまはどちらがどのくらいのお値段だと思いますか?

 

左が500mlのナチュラルウォーター、右がBerliner Kindlのピルスナービールです。これはどちらも4€。同じ値段でした!!ホテルのロビーでの購入なので、どちらもスーパーよりは値段は高めかと思いますが、それでも高すぎじゃね、水!?ドイツの水が高いとは前から聞いてはいたものの、、、今回もう二度と水を買うことはありませんでした。

 

 

【Sightseeing in Berlin】
Day 2

 

いよいよドイツ・ベルリンの最初の朝を迎えました。Guten Morgen!!

 

本日は折角なので半日観光をした後、午後から【ZEISS VISION EVENT in BERLIN】となります。長い一日となりそうです。

 

ホテルのちょうど裏手にあるベルリンテレビ塔とその前にある聖マリア教会。

 

東ベルリンを象徴とするベルリンテレビ塔は1969年に旧東ドイツ民主共和国によって、現在のアレクサンダープラッツ(広場)に建てられました。高さは368mあり、ベルリン中心部ではどこからでも見ることができるため、ランドマーク的な存在でもあります。

 

(左に見えるのが聖マリア教会、ちょうど真ん中付近に見えるのがネプチューン噴水、その奥がテレビ塔)

聖マリア教会はベルリン最古の教会の一つで1270年頃に建てられました。ゴシック様式の建築スタイル、中世のフレスコ画や有名な「死の舞踏」といった美術品を見ることができ、1790年に増築された教会のドームはブランデンブルク門と同じ建築家が設計したものです。外にはネプチューンの噴水、1983年に生誕500年を記念した作られたマルティン・ルター像などがあり、地下鉄やバス、トラムなど交通の便も非常に便利。ALEXA アレクサなど近くにショッピングモールもあるので、ベルリンに行く際にはぜひ寄ってみてください。

 

ひときわ目を引くドームを持つベルリン大聖堂。ホーエンツォレルン王家の記念教会で、1905年にヴィルヘルム2世により立て替えられ、現在の姿になりました。第2次世界大戦時には大きな被害を受けましたが、1993年に修復されました。ベルリン=ブランデンブルク=シュレージシェ・オーバーラウジッツ福音主義教会に属し、ルター派の礼拝を行う大聖堂です。

 

Museumsinsel ムゼウムスインゼルはドイツ・ベルリンの観光スポットの一つで、南方に流れるシュプレー川の中州に、ブランデンブルク門から東に伸びるUnter den Linden ウンター・デン・リンデンを境とする北半分の地区のことを指すようです。Staatliche Museen zu Berlin ベルリン美術館を構成する5つの博物館や美術館が集まることから「博物館島」と呼ばれ、ユネスコの世界遺産にも登録されています。写真はその中の一つAltes Museum 旧博物館。ベルリン美術館の中で最も古い旧博物館は1830年、建築家:カール・フリードリッヒ・シンケルによって設計され建造されました。博物館前はルストガルテンと呼ばれる公園になっています。

 

(シュプレー川)

 

写真はベルリン・フンボルト大学。ドイツ国立の総合大学です。エクセレント・イニシアティブに指定されたドイツ11の大学の一つであり、Times Higher Educationの世界大学ランキングにおいては、毎年トップ100位にノミネートされる、ヨーロッパを代表する名門大学です。

 

元々は、教育改革者であり言語学者のヴィルヘルム・フォン・フンボルトによって、1810年のプロイセン王国の時代に、フリードリヒ・ヴィルヘルム大学として創立されました。ベルリン最古の大学で、第二次世界大戦後にフンボルト大学に改称。これまでに29人のノーベル賞受賞者を輩出しています。ドイツの歴史上初の女性首相であるアンゲラ・メルケルの夫として知られるヨアヒム・ザウアーも同大学出身であり、教授としても働いています。過去には、相対性理論で最も有名なアルベルト・アインシュタインも10年以上に渡り同大学教授として働いていたとのこと。いやぁ~すごいですね~。

 

ベルリン市内観光ルートの途中にあるこちらのお店。わざわざ時間を割いて寄ってくださいました!!私のわがままを聞いてくださり本当にありがとうございます!!皆さまも聞いたことがある方もきっと多いと思いますし、使ったことがあるという方もきっといらっしゃると思います。

 

皆さまは「NIVEA ニベア」をご存知ですよね?そう!スキンケアやクリームなどを販売する化粧品ブランドですが、このNIVEAはドイツ生まれなのです。私はず~っと日本のブランドかと思っていましたが、それもそのはず。1911年にハンブルクで誕生したNIVEA。1968年にはすでに日本に入ってきており、花王と提携したこともあり、早い段階での日本進出も市場に馴染んだ結果ではないでしょうか。そのNIVEAの直営店「NIVEA HAUS ニベアハウス」はドイツ国内でたった4店舗しかありません。2店舗が創業の地ハンブルクに、そして、今回寄ることができましたベルリン、もう1つはヴァルデミュンネにあります。

 

なぜ今回NIVEA HAUSに来たかったと申しますと、、、

 

私の娘からのLINE。画像付きで送られてきたのがこちら。

 

最初のリップはこちらのNIVEA HAUS限定リップ。ここでしか買うことができない貴重なもの、、、らしい。下のNIVEA Q10モイスチャーもお得なオリジナルセットで限定販売されているものを購入しました。ドイツのドラッグストアでも販売されており、価格的にもそちらの方が安い場合もあるとのことですが、NIVEA HAUS限定のここでしか買えないもののみチェックして行った方が良いかもしれませんね。いやぁ~娘ながら抜かりないです(笑)

 

ちなみに、他のNIVEA HAUS限定商品としては、その場で写真を撮り、すぐに青缶に印刷をしてくれるサービスもあります。

 

グラスファクトリーの乾さんも、、、

 

ツァイスビジョンケアジャパンのK氏と三城ホールディングスの澤田社長も作っておられました!!良い思い出になりますね。

 

ちなみに、入口にいる2頭のクマですが、このクマ、後で知ったことですがベルリン市の紋章のようで…日本でいうところの「くまモン」みたいなものでしょうね…至る所で見ることができます。そちらの報告も随時入れていきますね!!

 

ベルリン市内で最も有名な大通りの一つ「Unter den Linden ウンター・デン・リンデン」は、ブランデンブルク門からプロイセン王宮までの比較的短い通りではあるものの、沿道には多くのベルリンの歴史的建造物を見ることができます。上述でご紹介しましたベルリン・フンボルト大学やベルリン大聖堂もこの通りにあります。Unter den Lindenとは「菩提樹の下」という意味ということで、その名の通り、菩提樹の並木道を楽しむことができます。ちょうどベルリンは一足早く紅葉のシーズン。黄色に色付いた菩提樹になっていました。

 

Unter den Lindenの片端の終着となっているのがベルリンのシンボルともなっているブランデンブルク門です。この日も沢山の観光客の人々が来ていました。フリードリヒ・ヴィルヘルム2世の命により建築家カート・ゴットハルト・ラングハンスによって古代ギリシャ風で設計され、1788年から3年間の工事を経て1791年に竣工。ベルリンから各地に向かう街道と城壁が交差するところには14か所の関税門が設けられ、ベルリンを出入りする物資に関税を課していました。ブランデンブルク門もその門の一つでしたが、1868年からの税関壁の取り壊しとともに門の多くが姿を消しました。ブランデンブルク門は残されましたが、跡形もなくなった城壁や門は『~Tor(門)』という地名で残っています。

 

(1939年、ナチス親衛隊によるヒトラーの50歳の誕生日を祝うパレード)

平和の勝利を記念する「平和門」としての位置づけでしたが、完成直後にナポレオン・ボナパルトによりベルリンは征服され、ブランデンブルク門はナポレオンのパレードの舞台となり、ヴィクトリア像はフランスへ戦利品として持ち去られました。その後、ナポレオン戦争によりプロイセン軍がパリを占領すると、ヴィクトリア像は再びベルリンに持ち帰られ門の上に戻りました。門は戦勝と凱旋のシンボルとなり、勝利を記念して鉄十字紋章が取り付けられ、門の前は列強の大使館やホテル・アドロンなどの壮麗な建築物が並ぶベルリンの中心地の一つとなりました。

 

(HOTEL ADLON)

(2002年11月19日、マイケル・ジャクソンが窓から顔にタオルを巻いた赤ちゃんをバルコニー越しに見せたのがこのホテル アドロンでした。)

ベルリンが大きく二つに分けられることになった第二次世界大戦後。東ベルリンと西ベルリンとの境界線はブランデンブルク門のすぐ西側に引かれたため、門は東ベルリン側に位置することになりました。第二次世界大戦中のベルリン市街戦で門は損傷し廃墟となりましたが、1957年に東ベルリンにより修復。ヴィクトリアの持つ杖の先は、社会主義国らしくなるよう平和に象徴であるオリーブの枝に変えられました。それでも門を通っての東西ベルリンへの往来は活発だったものの、1961年8月13日に東ドイツが国民流出を防ぐため西ベルリンとの境界線を封鎖し、ベルリンの壁を建設すると、ブランデンブルク門の前を壁が通るため、門は東ベルリン西端の行き止まりとなり、門の前に合った廃墟はすべて撤去され無人地帯となりました。

 

1989年11月9日にベルリンの壁が崩壊し、再び門の下を通行できるようになり、ヴィクトリアの持つ杖の先は再び鉄十字に戻されました。その後、門の周囲にはホテルや大使館などの再建が進み、現在ではベルリン屈指の観光地にもなっています。ブランデンブルク門はドイツ・ベルリンのこれまでの軌跡とともに、流れるときを見てきた証人のようにも感じます。

 

ブランデンブルク門から再びウンター・デン・リンデンに向かい、既述のホテル アドロンを過ぎてすぐのお土産屋さんの店前にも置かれていました!!例の〝クマ〟!!

 

紋章というよりはマスコットキャラクターになっていますね。お土産品のぬいぐるみやパッケージなどでも見ることができました。

 

(信号機を意味する〝アンペル〟から名付けられた旧東ドイツ生まれの「アンペルマン」の信号機キャラクター。)

 

1894年から帝政ドイツ、ヴァイマル共和国を通じて下院の議事堂として機能をしていた国会議事堂。1933年1月にアドルフ・ヒトラーが首相となったが、その翌月、国会議事堂は不審火による火災で全焼。その後さらに、第二次世界大戦中には1943年のベルリン大空襲での被害や、1945年のベルリン市街戦ではナチスの武装親衛隊の抵抗拠点ともなっていたため、主要な攻撃目標とされ徹底的に破壊され、東西ドイツが統一されるまで修復はされないままだったとのこと。1989年のベルリンの壁崩壊後、1990年10月には東西ドイツ統一記念式典が修復前の旧国会議事堂前で開かれました。旧国会議事堂は連邦議会の議事堂として新たに利用されることが決まり、大規模な修復によって1999年に完成、現在に至ります。

 

(街の風景「自転車と窓ふき」)

 

今年2019年11月9日は「ベルリンの壁崩壊」から30年の記念の年

 

ベルリン市内に残っている「ベルリンの壁」。1989年11月9日の「ベルリンの壁崩壊」から今年は30周年を迎えます。そのようなタイミングでベルリンに行けたことはやはり何かの縁かなぁ~とも思います。キン肉マンではウォーズマンが好きだったなぁ、なんて全く関係ないですね(笑)

 

1945年5月、第二次世界大戦のヨーロッパ戦線はドイツの無条件降伏により終結し、7月に行われたポツダム会談ではドイツの非軍事化・非ナチ化・民主化を主にした占領改革を進めることで合意。ポツダム協定でドイツはアメリカ・イギリス・フランス・ソ連の戦勝4か国により分割占領され、ここ首都ベルリンもこの4か国それぞれの管理地区に分割されることとなります。次第に米英仏とソ連が対立するようになり、1948年6月、米英仏の管理地区(西ベルリン)と西ドイツとの陸路を封鎖した「ベルリン封鎖」をソ連が実施。米英仏は空輸によってその危機を脱し(既述のベルリンにあるテーゲル空港はこのときに滑走路が作られたことが始まりです)、翌1949年5月にソ連は封鎖を解除、失敗に終わりました。特に、米ソ対立はこれ以降、決定的な悪化を見せ、冷戦の真っ只中に突入していきます。1949年9月には米英仏主導の自由主義陣営に属するドイツ連邦共和国(西ドイツ)を樹立、翌10月にはソ連主導の社会主義陣営に属するドイツ民主共和国(東ドイツ)が樹立しましたが、この両陣営の冷戦時代への突入は東ベルリンから西ベルリンへの人口流出を招き、これに危機感を覚えたソ連と東ドイツは1961年8月13日0時に突如西ベルリンを包囲、155kmに渡る分割境界線の通行を一切遮断し、有刺鉄線と張り巡らせ、その後に巨大な壁を建設。これが1989年11月まで続く冷戦=米ソ対立の象徴となる「ベルリンの壁」の始まりとなります。

 

当時の西ドイツと西ベルリンの往来は東ドイツとで指定されたアウトバーン、東ドイツ領内では国境駅以外には停まらない直通となる回廊列車、米英仏のものに限られた飛行機による空路、の3つの手段があったとのこと。また、東ドイツと西ベルリン間では道路上の国境検問所は(東ドイツは国境が途絶えているということで〝国境検問所〟としていたのに対し、西側占領軍は国境ではないとの認識の違いにより〝チェックポイント〟としていたらしい)、NATOフォネティックコードで、A(アルファ)・B(ブラボー)・C(チャーリー)と呼ばれており、このアルファとブラボーは西ドイツと東ドイツを結ぶアウトバーン上に置かれたチェックポイント・アルファとチェックポイント・ブラボーのことを指します。ベルリン市内のほぼ中心部、フリードリヒ通りとツィマー通りの交差点に配置されたのがチェックポイント・チャーリーでした。

 

1989年、ソ連と衛星国であった東欧(特にワルシャワ条約機構)諸国での共産主義体制が倒された東欧革命は、東ドイツ内でも混乱となりました。そういった中、同年11月、それまで東ドイツでは認めていなかった東ドイツ国民の西側への旅行規制緩和処置を発表するが、この際に報道官が「ベルリンの壁を含むすべての国境検問所から出国できる」と発言し、記者の発効期日の質問に「即刻」と答えたことで多くのベルリン市民が壁の前に集まり、国境検問所前は緊迫した事態が生じ、混乱を避けるため市民の通過を認めたことによりベルリンの壁が解放され、11月9日の夜に突然「ベルリンの壁崩壊」となり、同時に東ドイツの崩壊に至ることになりました。このときのTVでの映像は中学生だった私もまだ覚えています。

 

(チェックポイント・チャーリー博物館近くに止められていたBMWのバイク。
1960~62年に製造されたR69Sベースではないかと思われますが…違っていたらごめんなさい。
クランクシャフトタイプの空冷2気筒、594cc。
ちなみに、BMWの軍用バイクで最も有名なのは1941~44年に作られたR75。)

 

ベルリン市内の中で最も入場者数が多い博物館の一つとして多くの観光客や市民が訪れる「チェックポイント・チャーリー博物館」。ベルリンの壁にあった検問所であるチェックポイント・チャーリーは同博物館の目と鼻の先にあります。

 

多くの観光客で賑わいを見せているチェックポイント・チャーリーの当時を再現した小屋。まさに写真スポットですね。

 

 

ランチを済ませ移動。ほどなくして「MYKITA SHOP BERLIN WEST」へ到着。折角なのでお立ち寄りです。

 

 

MYKITA マイキータと言えば、画期的なスクリューレスヒンジと、ドイツで継承されるバウハウス的精神のモダンでクール、ミニマルなデザインが特徴のアイウェアブランドです。2005年にPhillipp Haffmans フィリップ・ハフマンとHarald Gotischiling ハラルド・ゴッシュリングにより設立されました。

 

店内も同ブランドを表現するかのようにシンプルでクリーンな印象でした。スタッフさんの案内で検査室なども見学させてくださり、本当にありがとうございました。

 

 

MYKITA SHOPから約1kmのところにある「ZEISS Vision Center Berlin」。こちらはZEISSが運営するセレクトショップ(コンセプトショップ)。

 

特に、最新鋭のZEISS機器を駆使した測定方法やレンズへのフィードバックはZEISSならではですね。

 

見えかたのみならず、フレームにも拘りのあるセレクションで充実していました。

 

洗練されたゆったりとした空間で、お客様とスタッフの方との密なコミュニケーションを図りながら選んでいきます。

 

そして、このZEISS Vision Center Berlinを後にし、本日が終了、、、ではなく、本日の〝本番〟に向かいます。その模様はまた次回をお楽しみください!!

 

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最後までお読みくださり誠にありがとうございました。
皆さまいかがでしたでしょうか?
ぜひこの機会にこれからのメガネ選び・サングラス選びのご参考にもしてみてくださいね。
当店はZEISS / ツァイス製品を安心して購入できる正規取扱店です。
度無しレンズの入れ替え・交換や度付きレンズ、遠近両用レンズなど累進レンズにも対応いたしております。
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